ローカロリーなハックの哲学: 『リ/クリエーション』2月公開講座レポート

リ/クリエーション

  • #元木大輔
  • #藤原徹平

▼目次

1. 最小のハックで最大の影響を

2. 完成しないプロジェクト

3. タクティカル・アーバニズム

新しい眼差しのための建築
〜都市をローカロリーにハックする~

2月14日に行われた第二回目の公開講座のナビゲーターは、建築家の元木大輔さんでした。デザインファームDDAAとDDAA LABを主宰する元木さんは、赤ちょうちんもラグジュアリーブランドも、コンセプトが違うだけで良し悪しはないと語ります。そうした、ひとつの視点ではなく多義的な視点が重要という問題意識から、例えば工事現場でよく使われる単管パイプに、金メッキを施した家具を作成されています。いくつかの作品の紹介を通じて、これからの元木さんのクリエーションのキーワードを話していただきました。

最小のハックで最大の影響を

元木さん今回のレクチャーでは、自分の仕事を“Design for Polysemy”という言葉で表していました。“Polysemy”とは多義性のことです。例えば、「ここではきものをぬいでください」という言葉遊びがあります。この言葉は、句点を打つ位置によって「ここで、はきものをぬいでください」「ここでは、きものをぬいでください」と意味が変わってしまいます。このように、少しの操作(ハック)ですでにあるものを見つめなおし、違う意味を見つけていくアプローチで元木さんは作品を作っています。

例えば、3.11以後暗くなってしまった世の中を明るくしたい、という思いで作られた「サッカーゴール・パビリオン」。これは公共の最小要素を広場と屋根ととらえ、広場にすでにあるサッカーのゴールポストを動かして組み合わせて、屋根をかけることで大きなテントを作るというものです。また別の例として、食器洗いスポンジで作られた本棚があります。zineの販売イベント「東京アートブックフェア」の依頼でzine用のローコストな本棚を作ることになった際、元木さんたちは素材について徹底的に研究し、スポンジがzineを挟むのにぴったりだと発見しました。そして購入可能なスポンジを調べ、最終的に3本線にして板に並べました。こうして並んだスポンジの間にzineを挟むことで、本棚ができます。スポンジは規格が同じ大量生産品なので、きちんと並べることを意識せずとも等間隔にきれいに並べることができます。このように、試行錯誤を重ねた末の研ぎ澄まされたデザインによって、製作の予算や労力を削減した、「ローカロリー」なアプローチも元木さんの特徴的な思考技術のひとつです。

▲“Polysemy”の日英の例を紹介する元木さん。
▲サッカーゴール・パビリオンの様子
▲食器洗いスポンジでつくられた本棚

完成しないプロジェクト

あるとき元木さんたちは、「オフィスはいらないんじゃないかと思っている」というスタートアップ支援会社『Mistleote』からオフィス作りを依頼されました。先方からは「作業する場所はコワーキングスペースがたくさんある。オフィスは現場でも本場でもないが、場所が必要な気がするのでそれはなぜかを考えたい」との言葉がありました。「満員電車の問題を解決する時に、即効性のある解決方法ではなく人々のライフスタイルの問題から考え直すようなアプローチで、オフィスの必要性を考えたい」とのオーダーに答え、元木さんたちはローンチの時点では、人が集まれるキッチンとギャラリー以外は空っぽで、他に何もない最小限のオフィスを作りました。必要であれば追加していくスタイルで、机が必要となればワークショップを開催し、その必要性を掘り下げた上で追加されるなど、徐々に要素が増えていったそうです。

ここから派生して生まれたのが「スツールプロジェクト」です。前述のオフィスで、100人来場するイベントをするために、椅子をたくさん作ることになりました。どういう椅子が必要かを調べるワークショップを行ったところ、しまいやすいこと、見やすさのために高さを変えられること、膝で書き物ができること、コーヒーが置けることなどなどの要望があり、すべてを踏まえると椅子が10徳ナイフのようになってしまいました。そこで、いま世界中で最も使われているフィンランド・アルテック社の「スツール60」スタイルのスツールに、要望を反映した拡張機能をどんどん付与するというアイデアが生まれます。このスタイルのスツールは完成されたデザインから幅広く使われており、模倣品を含めていま世界に今数千万脚はあると言われています。この「スツールプロジェクト」の拡張案は現在300案ほどあるそうです。こうした「完成しないプロジェクト」には、竣工という終わりが存在せず、建築とデザインは人に使われる都度生まれ変わり、意味を広げ続けていきます。

▲スツールプロジェクトの様子

タクティカル・アーバニズム

ここまでの例でも明らかなように、元木さんの手法は基本的に目の前にあるものの活用です。その対象が街となったとき、『リ/クリエーション』のキックオフでお話しいただいた「ベンチ・ボム」のように、誰も使っていなかった場所にも意味が付与されていきます。(「ベンチ・ボム」は次の記事を参照ください:街とわたしの「はみ出し」を描く 『リ/クリエーション』2/2キックオフフィールドワークレポート

2000年代からアメリカで始まった「パークレット」という公共スペースの利用があります。これはコインパーキングを占有し、そこを芝生にしてベンチを置くというもので、「街は自分たちで作れる」という考え方に基づいています。クリエイティブな仮設の空間を街や道路に仕掛けていくことで、公共空間を緩やかに作り替えようとするこうした試みは、「タクティカル・アーバニズム」と呼ばれています。

この公開講座のホストを務めた『リ/クリエーション』Aコースディレクターの藤原徹平は、元木さんの実践で都市やデザインの意味が転換していくことの豊かさを、「熱力学的でない都市計画」であり、物理的には変化していないが、多様な人格が関わる反応がすさまじいと評しました。ローカロリーの哲学に基づいた、ものに新しい面白さを見出す元木さんの視線とデザインは、そこからさらに関わる人の面白さをも引き出していくのかもしれません。

▲元木さんの話を聞ける貴重な機会とあって、建築に関わる方々をはじめ多様な人が来場した

写真:高野ユリカ、Kenta Hasegawa、Takashi Fujikawa
文:朴建雄

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