2020年2月からSHIBUYA QWSがドリフターズ・インターナショナルと開催するシリーズ講座「リ/クリエーション」。建築・パフォーマンス・ファッション・アートなど多用なジャンルを越境しながらクリエーションを育んできたチームと、「問い」をコンセプトにした共創施設がコラボレーションし、渋谷という場所で「余白」から生まれる好奇心や思考をはぐくむプログラムだ。11月8日に行われた同シリーズのプレローンチイベントでは、日本語で自身の物語を表現する韓国人ラッパーMoment Joon、「観察」を得意とするコグニティブデザイナーの菅俊一が、チームメンバーともに渋谷で行ったフィールドワークの報告を行った。
「今日はみんな勉強する気持ちで来たんですかね(笑)」。マウンテンパーカーにTシャツ、首元にはドッグタグ。ここは、世界から人が押しかける渋谷スクランブル交差点の上。日本有数のIT企業がオフィスを構える東京・渋谷スクランブルスクエアにある共創施設「SHIBUYA QWS(以下、QWS)」。
そんな渋谷のど真ん中(かつ上空)に現れた大阪在住韓国人ラッパーのMoment Joonは、終始自分がいる場所に対して感じる違和感を発しながら、5曲を歌い約30分のライブをやり遂げた。2010年に留学生として来日し、現在日本で活動を行う彼は「みんなライブ見に来たって感じじゃないのはわかってるんですけど、一緒に歌いたいんですよ」と笑いながら語り、最後に「手のひら」という曲を歌った。
「この島のどこかで、君が手をあげるまで、寂しくて怖い。けどずっと歌うよ。見せて手のひら」
MCでMoment Joonは何度も「僕が日本を変えるんで」と口にした。凝り固まってしまった日本を変えるには、自分が外国人として感じてきたこと(それは、日本での体験にとどまらず、自身の韓国での徴兵体験や、在日ロシア人のガールフレンドとの体験も含む)を伝える必要があるのだという。
「ぼくはみなさんが見てない日本を見ながら、そこに住んでる。そんな周辺部でお互いになぐさめて生きていくのは不満です。それじゃ日本は永遠に変わんないから。みなさんが共感できない物語をもっているぼくは、みなさんに物語を伝えたいと思ってます」
紋切り型から解き放たれる遠足
2019年11月8日に開催された「渋谷から始まる世界遠足」。12月15日から募集が開始され2020年2月からスタートするQWSとドリフターズ・インターナショナルによる「リ/クリエーション」。その連続講座のプレローンチイベントとしておこなれた本イベントは、Moment Joonのライブによる奇妙な違和感とともに幕を開けた。
QWSは「渋谷から世界へ問いかける、可能性の交差点」というコンセプトのもと運営される会員施設。2019年11月にオープンし、「問い」をコンセプトとし新しいプロジェクトを生み出す場として動きはじめている。
来場者のMoment Joonのラップへの反応をみていると、普段ヒップホップに触れないのだろうと思われる人も少なくなかった。違和感は、Moment Joonだけではなく、来場者のなかにも生まれたはずだ。「なんで、いまラップ聴いてるんだろう?」
そもそも本イベントには同日の昼にMoment Joon、菅俊一、清水淳子とともに、ドリフターズ・インターナショナルの中村茜、金森香、藤原徹平が行ったフィールドワークの後に実施された。大開発がいままさに進行する渋谷で、いかにインディペンデントなカルチャーが可能なのか? そんな問いを心にもちながら街を歩いた彼らの気付きを共有することがイベントの趣旨だった。
都市のおしりと無視される室外機
たとえば、藤原徹平は建築の「顔(正面)」と「おしり(裏側)」というメタファーを引きながら、いかに「おなら」として都市に悪臭が発せられているか、つまり渋谷の「臭さ」を感じる遠足を行った。最近の建築は「おしりを隠す」ことが多いのだという。
クレームを恐れた飲食ビルは、排気を屋上から出し、においの問題を回避する。そんなその場しのぎの対応だけではなく、サステナブルに街について考えるためには、「足」を考えるべきではないか? つまり、地元に根を張るためには何を考えるべきなのか?という問いに藤原は行き着いたのだという。
また、コグニティブデザイナーである菅俊一のチームは「人の視線の先にあるものを観察しよう」というテーマで遠足を敢行。街ゆくひとびとの視線の先に、何があるのかを検証しながらフィールドワークを行った。その多くは「いま注目されているモニュメント」や、地図などの「機能的なもの」だった。
遠足の途中で、逆に「人びとが見ないで、無視しているものは何なのか?」という疑問に行き着いたチームは、さらに散歩を進める。たとえば、街に貼られたステッカー 。ビルの間にある柱や室外機など、制御されていない場所に集中する傾向があることがわかった。
彼らの遠足の体験からわかるのは、紋切り型なしで街を眺めることがいかにおもしろいのか?ということ。街にあふれるゴミは、汚い街というフィルターを通るとただのノイズになるが、なぜそれが捨てられたのか?まで考えれば、渋谷という街を考える絶好の機会となる。
壁を越えていくために
2時間にわたるイベントのなかで、つねに問われていたのは「紋切り型」からいかに解き放たれるか?ということだ。「ぼくが日本を変えるし、ぼくが日本の未来です」と言ってみせるMoment Joonは「移民ラッパー」という彼の属性だけを示した言葉には収まらなかったし、それぞれの遠足も渋谷という街に対してもつイメージを軽やかに更新してくれた。
その意味では、来場者たちが最初に感じた違和感、つまり「なんで、いまラップを聴いてるんだろう?」という問いの答えは、「違和感を感じるため」だったのだろう。自らが紋切り型を抱いていることに、人が気づくのは難しい。そのためには、自分が当たり前だと思っていたものが崩壊する瞬間がどうしても必要となる。
QWSとドリフターズ・インターナショナルが2月からスタートするプログラム「リ/クリエーション」は、自分が所属する学校や職場といった固定した場所から離れ、普段とは異なる視点を獲得することを目的とする。建築家、編集者、投資家、ファッションデザイナーなど多様な分野からゲストを招き、「遊び」や「余白」のための思考を学ぶ場だ。
ドリフターズ・インターナショナルが培ってきたクリエーションの育て方は、QWSという「問いからプロジェクトへの実装」を命題とする場所でいかなる人びとを巻き込むのか? そしてそこでは、誰のどんな紋切り型が壊されていくのだろう。遠足を振り返りながら、Moment Joonが語ったこんな言葉は、そんな問いへの期待を高めてくれるのに十分かもしれない。
「異質なものが入ってこない空間には、心地よさがあります。ただ、それは幻想です。それは誰かが異質なものを排除して守ってきた安心感ですからから。ぼくには壁を壊したいという強い気持ちはありません。ただ、そこを越えないと未来はないと思うんです」
講座への応募期間は本日12月19日(木)から1月19日(日)まで、来年1月10日(金)にはプログラムのオーガナイザーをふくむ事務局と対話可能な事前説明会も開催される。いまの渋谷に「違和感」を感じたことがある方はもちろん、「遊び」や「余白」、「問い」といった言葉に魅かれるのであれば、ぜひチェックしてみてほしい。
写真:福田沙織
文:矢代真也