Where is the Value? ── 「学生と企業も、大学の学内も QWSによって“混ざりあえた”。」

QWS FES 2024

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SHIBUYA QWS エグゼクティブディレクター・野村幸雄と、東京大学・藤井総長との対談を通じて、SHIBUYA QWSの存在意義を探ります。

執筆・編集:天野俊吉 撮影:森カズシゲ 企画:かくしごと

(こちらの記事は2024/11/1に発刊された、QWS BOOK 2019-2024の転載となります)

 

SHIBUYA QWSの“最初の骨格”とは

野村:SHIBUYA QWS(以下、「QWS」)開業5周年にあたり、2016年からQWSの企画をご相談させていただいていた東京大学藤井総長とこれまでの5年とQWSの未来を展望できる機会をいただき、大変光栄です。私自身は2014年に、渋谷スクランブルスクエアとQWSの企画担当になりました。プロジェクトマネージャーということなんですけど……とは言っても、“クリエイティブ ”なことをやった経験がない。とにかく、ひたすらいろんな人に会いに行って学ぶ、ということをしていました。

 

そういったなかで、さまざまな有識者から「現代社会には複雑な課題が山積していて、解決が難しい。そんな世の中に必要なのは “クリエイティブ人材 ”だ」という話を聞いたんですね。そこから、世界における“クリエイティブ人材の創造活動と育成の中心”になっている場がつくれたら……ということをおぼろげに考えるようになったんです。

 

渋谷という、流行が多く生まれる地から、鉄道会社3社(東急、JR東日本、東京メトロ)が集まって、より長期的な視野から生活様式や事業モデル、新しい文化、学習システムなどのムーブメントを生み出していきたいと。

 

本質的な問題発見と解決には「問い」が重要ではないかと考えていて、2016年から、安斎勇樹さん(東京大学大学院 情報学環 客員研究員)といっしょに「問い」を起点としたプログラムをつくりはじめました。“新しい社会的価値や今までにないものが生まれてくる最初のきっかけとは「問い」なんじゃないか ”というところにたどり着いたんです。それが施設名称の由来にもなっています。

 

藤井:当時、東大の「生産技術研究所」にいた私も、ちょうどそれぐらいのタイミングでQWSの計画を耳にしました。「生産技術研究所」では、さまざまなものづくりに対して “何をつくるべきか ”といった、上流部分から考える取り組みを行っていた。そのようなときに、「渋谷のこの場所でワンフロアを使える計画がある」という話が届いてきました。

 

野村:社会学者のリチャード・フロリダ氏が『クリエイティブ資本論』という著書のなかでおっしゃっていたのが、「クリエイティブな都市には、3つのキーが重要だ」。一つは「タレント」、つまり人材。二つめは「テクノロジー」。三つめは「寛容性」なんだと。大学には、それこそ「タレント」「テクノロジー」が集っていますよね。

 

であれば、寛容性が担保され多様な人と交じり合うことで知的邂逅ができる場があれば世界に類を見ないクリエイティブな都市をつくることができるんじゃないか……。その発想が、「SHIBUYA QWS」の“最初の骨格 ”と言えますね。

 

藤井:新しいアイデアを膨らませるような場が必要ではないか、ということは、我々も考えていました。大学のなかだけで研究しているのではなく、街に出向いて「見てもらう」。学会のような発表の場はあるわけですが、もっといろいろな人と対話すれば、アイデアをもっといいものにできるだろう、という思いがありました。

 

ですから、最初にお話を聞いたときから、なんらかのことはしたいなと考えていました。それと規模も大きいので、東大だけではなく、いくつかの大学と一緒になって参画できないかという発想もありました。渋谷という街は、東工大(当時)、早稲田、慶應など多くの大学へのアクセスがいい。当時、副学長をお務めであった野城智也先生(現、東京都市大学学長)にもご相談して、それらの大学にお声がけし、大学同士で連携する取り組みができたら面白いのではないかという提案をさせていただきました。

 

その後、私自身が大学本部で仕事を始めたこともあり、だんだんに「生産技術研究所」だけではなく、大学全体で「やりましょうよ」ということになっていきました。

 

野村:そうでしたね。それで、2017年の8月から毎月1回、5大学(東京大学、東京工業大学=当時、慶應義塾大学、早稲田大学、東京都市大学)の研究者の皆さんに来ていただいて、皆さんにいろいろなアイデアを出していただいた。「協定書」を文章に落として、関係者たちの合意を一つにまとめるのはかなり大変だった記憶がありますが……(笑)。

 

藤井:(笑)。当時、コワーキングスペースといった施設は、都内のいろいろなところで立ち上がりはじめていました。ただ、そのなかでもQWSは「ビジネスにかぎらず、渋谷に集まって社会をより良くしよう」というイメージがあって、最終的にはほかの施設とは一線を画すコンセプトでまとまることができたと思っています。

 

コロナ禍で突きつけられた「共通の問い」

野村:そんな経緯がありながら、なんとか無事に開業できました。藤井総長がQWS開業後の取り組みで、具体的に印象に残っているものがあればおうかがいしたいです。

 

藤井:直近だと、シモン・ドータン氏(ニューヨーク大学教授)が制作したドキュメンタリー映画『Cyber Everything』の上映と、マルクス・ガブリエル氏(ボン大学教授)、ネタヤ・アンバー氏(映画プロデューサー)、日比野克彦氏(東京藝術大学学長)と私をくわえて、「芸術とその社会的・哲学的意義」というテーマで座談会をするイベントを行ったことですね(QWSアカデミア)。

 

 

このディスカッションは、映画のディレクションからアート、テクノロジー、「知識の共有のあり方」といったテーマにまで話がおよび、「このようなイベントはなかなかできないのではないか」という内容でしたよね。

 

もう一つ、とても印象に残っているのは、2020年に行われた「東京大学でオンライン授業はどう行われたか」(QWSアカデミア)。コロナ禍において、東大がいかに授業をオンライン化していったかというワークショップで、鶴見太郎先生(東京大学総合文化研究科准教授)がお話してくださいました。「4月からオンラインにする」と決めて、わずか10日ほどで準備をし、学生にも先生にも説明をする。その経緯をかなりくわしく共有されていました。このようなことがイベントとして成立するのもなかなかないことだと思います。

 

どの大学でもキャンパスへの入構が制限されてしまい、「画面越しで教員側と学生がコミュニケーションする難しさ」を多くの人が感じていたなかで、それこそ大学関係者だけではなく、社会全体に「共通の問い」が否応なく突きつけられていましたよね。

野村:まさに「共通の問い」は、我々 QWSにも投げかけられていました。開業当初からコロナ禍という状況に突入しましたし……。会員さんは、当初からけっこう学生の方も多かったんです。大学が閉鎖してしまうと “行き場がない ”ということで、多くの学生がQWSを訪れていた。

 

そうすると、QWSには大企業からスタートアップまでのさまざまなプロジェクトが動いていたので、そのチームと学生たちが “混ざりあう ”ことになったんです。当初、開業前から「プロジェクトベースドラーニング(「問題解決型学習」)」に着目していました。ポイントは個の重要性。プロジェクトベースでさまざまな人が自分の専門性を発揮できるプロジェクトにどんどんアサインされ課題を解決していく。

 

コロナ禍によって、学生たちが「プロジェクトホッパー」のようにいろいろなプロジェクト内で、個性を生かしたり、学んだり……という現象が自然に行われるようになっていたんです。QWSがそういう場になっていることを実感して、「これは、新たな学びと実践の場になったのでは」と思ったのを覚えています。

「混ざる」ことが価値になる

藤井:その後、私も2021年から東大の総長になりまして、本学が目指すべき理念である「UTokyo Compass『多様性の海へ:対話が創造する未来』」を打ち出しました。ここで、「学びを社会と結び直す」ということを言っています。つまり、教室で学んだことを、外に出て社会の実体験を経て「どう役に立ったか?」あるいは「どんな部分で学びが足りなかったか?」と考える。そしてまた教室に戻る。その循環から学ぶのです。

 

そして今、生成AIが台頭してきました。机上で学べる知識は、ほとんど生成AIが教えてくれる時代になってきているわけです。そのようななかで、“自ら実際に経験したことから得た気付き ”みたいなものは、非常に重要になっています。

 

私は「STEM教育(Science、Technology、Engineering and Mathe-matics。科学・技術・工学・数学)」に「リベラルアーツ(liberal Arts)」のAをくわえた「STEAM教育」の促進にも関わってきています。ただの情報やデータだけではなく、それらの背後にあるバックグラウンドや歴史を理解したうえで新しい社会を創る発想が大事です。そのためには、QWSで得られるような「個々人の違いを感じられること」が必要だと感じます。

 

野村:多くの大企業も縦割りで分かれていて、ダイバーシティの観点が不足していますよね。
丸の内とかもすごくいいエリアではあるけども、「ビジネスの街」「仕事をするための街」というイメージが強く、行くことに少しハードルを感じてしまう人もいるはず。

 

渋谷には大企業勤めの人もいれば、テック系の方もいれば学生もいます。QWSが “多くの人が混ざる、スクランブル交差点をそのまま再現した場所 ”になればいいなと思っているんです。

 

藤井:まさに東大のなかでも、当初は駒場にある「生産技術研究所」との関わりで始まりましたが、「QWSでいろいろな企画をやっていこう」という呼びかけが全体に広がって、本郷キャンパス、柏キャンパスなど、いろいろな場所を拠点とする人たちがイベントを主催したり、参加したりするようになりました。「会社の縦割り」と同じように固定化されていた部分が、QWSという場があることで “インナーが混ざりあう ”という好影響をもたらしています。

 

世界から見て「QWSに行きたい」と思ってもらえるように

野村:5周年を迎えたということで、藤井総長には「QWSの今後」についておうかがいしたいです。

 

藤井:私は、QWS開業当初はもう少し “ディープテック的な産学連携 ”が行われることをイメージしていました。ところが、意外にもより広い範囲の文化的なアウトプット、まさに「STEAM」的な活動がどんどん展開されるようになりました。人間の “ひらめき ”がどこから生まれるのかというテーマの「脳とAI – 羽生善治九段『次の一手』を発見するメカニズムとは?」(QWSアカデミア)や、ニュートリノ振動の観測などの研究結果を発表された「宇宙線研究所長 梶田隆章 講演『ニュートリノ振動の発見』」(QWSアカデミア)など、非常に守備範囲が広いという意味で、とてもいい場所になっていると思っています。

 

そのうえで、さらなる多様化ということを考えると、世界から見て「日本に行ったらQWSに行きたい」と思ってもらえるような場所になってもらえればいいと考えています。渋谷スクランブルスクエアという場は、世界から見てもランドマークであり観光スポット。大学にはアカデミアとしてのグローバルなネットワークがあるので、ご協力できることは多いと思います。

 

野村:なるほど。おっしゃる通りですね。QWSはまだまだ外国人の会員が少ない。私もフィンランドやドイツを訪れて、各国の大学やクリエイティブなコワーキングスペースを視察してきました。そこで感じたのは「クリエイティブ人材の土着化」。たとえば、サンフランシスコ、ロンドン、シンガポールなどでは、世界を股にかけるクリエイティブ人材の “奪い合い ”が起きていると言うんです。

 

そう考えると、QWSを通して、東京、渋谷を「住みつづけたい」「生活したい」と思う街にしていかなければいけません。

 

藤井:街づくりそのものですよね。

 

野村:今、日本にはたくさんの観光客が訪れています。それは、独自の文化がある、食事がおいしい、安全である……いろいろな魅力があるからですよね。ただ、そこから先の “衣食住 ”まで魅力を感じてもらうステップをどうクリアしていくかが重要になってくると思います。私は、やはり言語のハードルが高いなと感じています。

 

藤井:たまたま先日、東大と関わりの深い松本 大氏(マネックスグループ株式会社 代表執行役会長)とお話しする機会がありました。松本会長は「ルビ財団」という一般財団法人のファウンダーで、漢字にルビを振ることで、誰もが文章を読みやすくなり、ひいては多様な社会への入り口になるということで、ルビの啓蒙に取り組んでおられます。

 

松本会長のお話では、今、ルビが振られている本が減っているそうです。かつては写植でルビの活字を並べていたが、今はそれをしなくなった。けれども、ルビが振られていれば、子どもも外国の方も、ひらがなだけで文章が読める。あらゆるところにルビを振っておくというのは、やるべきことの一つかもしれません。電子的に、ディスプレー上でルビを表示することも考えられます。

 

野村:それは気付きませんでした。

 

藤井:一番大事なのは、知ってもらうということ。もちろん、渋谷のスクランブルスクエアは有名ですが、「スクランブルスクエア」と聞いたら、すぐQWSを思い浮かべてもらえる……そのような状態にできれば、「QWSに行ってみよう」と思っていただける。いかにプロモートできるか、ということを考える必要があります。

 

「個人のイニシアチブを実現するための場」に

藤井:今日QWSを訪れて、またお話をうかがって素晴らしいと思ったのは、QWSに集うさまざまな個々人が、それぞれのイニシアチブで活動ができているということです。

 

20世紀、高度成長期は、「みんなで成長しよう」ということで政府や大企業がイニシアチブを取って活動が行われていたように思います。21世紀は、個々人が自分のやりたいことをどう実現していくかという、“個人のイニシアチブ”がどう実現できるか、あるいは実現できるような場づくりをどうするかが、とても大事だと考えています。そういう意味でも、このQWSの今後の可能性は非常に大きいと思います。

 

野村:ありがとうございます。まずは、全館的にルビを振ることを検討していければと思います(笑)。

 

藤井輝夫

東京大学総長

藤井輝夫

東京大学総長

東京大学総長。1999年東京大学生産技術研究所助教授、2007年より教授、2015年より所長。東京大学理事・副学長などを経て、2021年より現職。

野村幸雄

SHIBUYA QWS館長

野村幸雄

SHIBUYA QWS館長

SHIBUYA QWS 館長。2001年に東京急行電鉄株式会社に入社。
2014年から渋谷スクランブルスクエアのプロジェクトマネージャー。

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