正解のない時代に、私たちは何をどう「問う」べきなのでしょうか。
SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)は、問いを起点にしながら、新しい価値や可能性を生み出していく存在「Questionpreneur(クエスチョンプレナー)」を提唱しました。「問いをアイデアの源泉」と捉え、周囲を巻き込みながら深め、新たな価値を生み出していく存在。そこで重要なキーワードとなるのが、あえて答えを急がない「創造的待機」と、共感を生む「問いで巻き込む力」です。
この新しい概念のヒントを探るべく今回お話を伺ったのは、一般社団法人デスフェスの共同代表・市川望美さんです。多死社会に一石を投じ、問いの渦を巻き起こし続ける市川さんの言葉から、これからの時代に求められるQuestionpreneurの真の姿を浮き彫りにします。
市川望美
市川望美
QWSでの活動プロジェクト名:リビングラボfrom Death(デスラボ)
一般社団法人デスフェスは、「生も死も、自分らしく選べるウェルビーイングな時代へ」をビジョンに掲げ、多死社会において「死」をタブー視せず人生と地続きのものとして捉え直すことができる社会の実現を目指し、今をどう生きるかを考えるイベント「Deathフェス」を運営しています。
当たり前の枠にはめられる違和感から気づいた、問いの重要性
——今日は、市川さんと一緒にQuestionpreneurのイメージを深めていきたいなと思っています。そもそも、市川さんがご自身のキャリアの中で、問いが大事だと思ったり、問いの力に惹かれ始めたりした原体験は何だったのでしょうか?
市川:そうですね。私は子どもの頃から世の中の当たり前に対して違和感を持てるタイプだったのですが、明確な原体験となったのは、子育て支援のNPOに関わった時ですね。私は会社員を9年経験し、子育てを機に世田谷の子育て支援NPO「amigo」や「せたがや子育てネット」に関わりました。そこで出会ったのが、「お母さんなんだからこうすべき」とか「家族のためにはこれが一番」といった、社会的な文脈の枠の中で生きなければいけない、あるいはその枠の中で生きる方が正しいんだと思おうとしている人たちの姿でした。
——確かに「お母さんだから」といった役割や社会の枠組みって、多くの人が無意識に受け入れてしまっていますよね。
市川:そうなんです。だから周囲の人たちに、「なんでそんなに『お母さんだから』という枠に合わせなきゃいけないんだろうね?」と聞いてみても、みんなもっともらしい用意された答えを出してくるんですよ。「子どもにとってこうだから」とか「家族にとって」とか。でも、「いや、そうじゃないんじゃないか」と。
社会的な文脈に合わせて生きるのではなく、もっと根っこにあるものを大切にしてもいい、むしろ大切にしないとダメなんじゃないかと思い、「そもそもに立ち返りたい」と強く感じるようになりました。当たり前の枠にはめられる違和感から問いの重要性を感じたのが、私の“問いキャリア”の始まりですね。

教育が問いの感性を奪い、余裕がないと問えない社会
——そうした違和感や問いを持つこと自体が、今の社会では難しくなっているようにも感じます。世の中で違和感を感じる人が増えることが次の問いに繋がると思うのですが、この「違和感に気づく力」というのはもともとのセンスなのでしょうか?
市川:うーん、センスや特別なスキルというより、本来は誰もが持っていた感性なのだと思います。ただ、私たちがそれを「学習によって失ってしまった」という気がするんですよね。子どもの感性って本来とても素晴らしいものを持っているのに、教育によってそれが失われていくとしたらすごく悲しいこと。大人になって困らないようにと正解ばかりを勉強してきたはずが、その教育のせいで違和感を持つ力や問いを立てる感性そのものを失ってしまっている気がします。
——良かれと思って用意された仕組みが、逆に違和感を持つセンサーを麻痺させてしまっていると。そうした中で、大人になってからも「問える人」であり続けられる人と、そうでない人の違いは何だとお考えですか?
市川:そこはすごく明確で「余裕があるか・ないか」だと思います。時間的な余裕もそうですし、自分が選べる自己選択権も含めた余裕ですね。忙しいという時間的制約に加え、「ここに居続けなきゃいけない」と思い込んでいる人は、問いを持つこと自体が怖いんです。気づいてしまったら環境にごまかしがきかず、いられなくなるかもしれないから無意識にしがみつく。
最近交流のあるキャリアブレイク研究所の方々も「立ち止まる文化」を作ろうとされていて、企業側もそこに注目し始めています。ただ、いざ個人が立ち止まって自分を問い直すとなると、すごく勇気が要るし、怖いんですよね。それくらい、余裕をもって問うことが難しくなっている社会なのだと感じますね。

問いのスケール|個人の「お墓に入りたくない」から社会の構造へ
——そうした「余裕がなくて問えない社会」の中で、Deathフェスの活動はどのように問いを広げていったのでしょうか。最初は「お墓に、入りたいですか?」という非常にパーソナルな問いからスタートしましたよね。そこからQWSでの3年間を経て、市川さんの中の「問いたいもの」はどう変化してきましたか?
市川:Deathフェスは、共同代表の小野梨奈と長野でワーケーションをしていた時の語り合いから生まれた、「お墓に入りたくない」という非常にパーソナルな違和感からスタートしました。でも、一人ひとりに「お墓に入りたいですか?」と問うプロトタイプを打ってみてわかったのは、それだけだと社会は変わらないということでした。
お墓に入る・入らないという話は、決して個人の選択だけの問題ではありません。連綿と引き継がれてきた家制度や、お墓というビジネスの経営問題など、もっと構造的で文化的なアプローチをしないと、私たちの活動がすごく狭いものになってしまうと気づいたんです。そこから、「いかにしてこの死のタブー視を乗り越えていけるだろうか?」という社会に向けた問いへとレイヤーが一段上がりました。そこで立ち上げたのが、死に関する課題や問いをテーマに企業や行政と共創する「デスラボ(リビングラボ from Death)」です。生活者も含めた多様なステークホルダーと対話し、問いのスケールが個人から社会全体へと広がり、変化していく手応えを感じています。
——まさに、問いを深めながら新たな価値を生み出すプロセスですね。Questionpreneurのキーワード「問いで巻き込む」という視点でも伺いたいです。二人で始まったプロジェクトが、今では100人単位のプロボノスタッフを巻き込み、10代から90代まで数千人が訪れるムーブメントに。この巻き込む力、エネルギーの源泉は何なのでしょうか?
市川:一つは、死というテーマの持つ巻き込みやすさだと思います。死は100パーセントすべての人にとっての自分事です。誰一人として一度も死んだことがないから、「俺が死んでた頃はさ……」なんて絶対にマウントが取れないんですよね。みんなが同じように怖さを抱えていて、正解がわからないことが前提だからこそ、自分の弱さを引き出しやすい。知ったふうな口は利けないし、想像でしか語れない。身体性を持って対話するには、同じフラットな立場にならざるを得ない。それが引き出されるのがすごく面白いんです。
——確かに、誰も答えを持たないテーマだからこそ、対等になれるわけですね。
市川:そうなんです。あと、今の社会って死が隠されてしまっていますよね。昔は霊柩車が通ると親指を隠すような迷信がありましたが、今では「死を想起させるから」という理由で、霊柩車を一般車のように塗り替えたり、走れるエリアが制限されたりしています。人が亡くなるという情報は溢れているのに、一次的な体験としての死がすごく乏しい。さらに、死の課題が医療や専門家のものになりすぎている側面もあります。私たちが活動していると、「専門家でもないくせに」とか「安全なところから死を語っているだけだ」と言われることもあります。
でも、だからこそ、考えたことがない人も、すでに深く考えている人も、ともに同じ温度でいられる空間を作ることが大事だと思っています。去年のDeathフェスでは「問いの掛け軸」を作って、「せっかく死ぬならどう生きる?」という問いを掲げました。そういった問われたことがない問いを投げることが、結果的に共感を呼び、巻き込む力に繋がったのだと思います。

立ち止まる重要性は、NPO時代の「200人の集客⇔n=1」の二律背反から
——Questionpreneurのもう一つのキーワードに「創造的待機」があります。あえてすぐに答えを出さず、不確実性の中に留まること。Deathフェスでバリューとして「すぐに答えの出ない問いや、もやもやした気持ちにとどまることをおそれない」と掲げていますよね。一方で、組織運営では「早く解決策を出さなければ」というプレッシャーもあると思います。その中で、この「立ち止まること」の重要性をどう感じていますか?
市川:もちろん、活動を続けていく上での難しさや葛藤は常にあります。概念的なテーマから離れ、もっと具体的なソリューションや生前の備えといったわかりやすい領域に舵を切れば、さまざまな事業者さんから資金を出してもらいやすくなるのかもしれません。少数精鋭でサクサク進められたらと思うこともあります。でも、私たちが「死」というテーマに旗を立てたからには、これまでの文化ややってきた人々への敬意を払い、ちゃんと向き合わなければいけない。だからこそ、早急に答えを出さずにグッとこらえる、そういった立ち止まる時間が必要だと直感的に思っています。
——その「立ち止まること」の重要性は、どこから来ているのでしょうか?
市川:それは、NPO時代に抱えていた運営のジレンマから強く感じたものです。子育てサロンを運営していた頃、雨の日の閉館間際にふらっと来るお母さんがいたんです。別に悩みを聞いてほしいわけではなく、ただ、そこに居たかったんだと思うんですよね。施設としては閉めないといけないけれど、私は、そのたった一人の存在や時間に向き合いたいと思っていました。
でも、NPOとして企業と協働しようとすると、当然のように「このイベントをやったら何人集まりますか?」と聞かれるんです。私たちはこの目の前の「n=1」を大事にしなければいけないのに、企業側の理屈では200人集客できないと良しとされない。この世界の価値観の違いに直面しました。
——一人ひとりの「n=1」の背景に向き合いたい想いと、数字やスケールを求めるビジネス側の論理がぶつかり合う瞬間ですね。
市川:もちろん、両方の理屈はわかります。でも、安易に200人に向けて動くことが必ずしも良いわけではなく、この一人がなぜ雨の夕方に来るのかに向き合わなければ、私たちが存在する意味がないんです。ウェルビーイングだって本来は一人ひとり違うし、測れないものに価値があるのに、共通理解のためには測らなければいけない。数に置き換えられないもの、一つの軸だけで答えを出せないものがあるからこそ、私たちは立ち止まって熟考しなければならないのだと学びました。
——なるほど。ただ、そうやって安易な解決に飛びつかず、答えのない問いを抱え続けられること自体が、実は極めて能動的な営みなのだと感じます。
市川:まさにそうなんです。漫画の『ちはやふる』で、高速で回っているコマは、軸がぶれず安定すると、外からはピタッと止まっているように見えるというエピソードがあるんですけど、まさにそれです(笑)。それが私の考える「創造的待機」なんだと思いますね。
——止まって見えて実は高速で回っている状態。休むとは全く違いますよね。その例えとてもわかります。では、これから次の一歩を踏み出していくにあたって、今一番「問いたい」ことは何でしょう?
市川:そうですね……どうしたらこの「創造的待機」のような感覚を、多くの人と共有できるだろうかということですね。一緒に立ち止まって悩みつつも、そこから具体的な選択肢や、手に取ってもらえるサービスに繋げていきたい。ただ概念だけをフワッと広げたいわけではないんです。仲間は集まってきて、対話も生まれてきていますが、「じゃあ本当に社会を変える一歩をみんなでやろう!」となったとき、誰から、何から始められるだろうかと、今はそこに直面しています。
だからこそ、問いだけで終わらせずにプロトタイプまで往復運動し続けられるQWSという場所の環境って、すごく価値があるなと感じているんです。私たちを含め、そういう存在が増えていけば、もっと多くの人が立ち止まり、次の一歩に進むための余白を持てるようになるんじゃないかなと思っています。

——ここまで多様な「問い」のあり方を伺ってきました。最後に市川さんが考えるQuestionpreneurとはどんな存在か教えていただけますか?
市川:私にとってQuestionpreneurとは、とどまる力と進む力という、相反する力を同時に使うことができる人でしょうか。問いと起業って、そもそも質感がまったく違うと思うんです。問いは立ち止まらせるし、簡単に答えを出させてくれない。一方で、起業は決めて、形にして、前に進まなければいけない。そう簡単に解決してたまるかという思いと、心の底から解決したいという願いの両方が常にある。Questionpreneurは、そんな矛盾を抱え込みながらも、軸をぶらさず、葛藤を推進力に変えていく人なのではないでしょうか。高速で回るコマが止まって見えるように、立ち止まっているように見えても、その時間は未来に向かうための運動なのだと思います。
