「やりたいことがない」人が、社内起業家に覚醒するには

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  • 野村幸男
  • 入山章栄
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「情熱を注げる仕事が見つからない」「新規事業部立ち上げを任されたが、アイディアがなく途方に暮れている」──。イノベーションや新規事業の必要性が声高に叫ばれる中、こんな悩みを抱えるビジネスパーソンは、少なくないのでは。 昨年渋谷スクランブルスクエアにオープンしたSHIBUYA QWS(渋谷キューズ、以下QWS)は、異業種の人が交わることで新しいアイディアを生む共創施設。同施設の責任者である野村幸雄氏が考えるのは、QWSを企業の新規事業創出を後押しする場として活用できないか、ということだ。 イノベーション創出を経営学の視点から研究する早稲田大学大学院ビジネススクール教授の入山章栄氏と、連続起業家で『新規事業の実践論』の著者である麻生要一氏を迎え入れ、新規事業のタネの見つけ方を探る。

 

取材・編集=金井明日香、構成=伊勢真穂、写真=大橋友樹、デザイン=小鈴キリカ

(こちらの記事は2020/3/30に公開された、NewsPicks Brand Design制作記事の転載となります)

新規事業は、課題からしか生まれない

── 多くの企業が喫緊の課題として新規事業創出に取り組んでいますが、成功例はなかなか聞きません。自身でも複数の企業を立ち上げ、2000以上の新規事業を支援してきた麻生さんは、その理由をどう考えますか。

麻生:多くの新規事業が、「顧客課題が不在のまま進んでいる」ことが、要因の1つだと思います。

僕は新規事業を立ち上げたいという相談を受けると必ず、「300回顧客の所に行け」と言います。なぜなら、事業は顧客課題からしか生まれないから。

明確に何かに困っている人がいて、その課題を解決できる可能性があるからこそ、事業化の意味がある。ですが多くの企業はその前提を間違え、明確な課題を設定しないまま話を進めてしまうのです。

たとえば新規事業の担当者が、事業アイディアを社内でプレゼンするとします。本来会議で聞くべき質問は、「顧客は誰?」「課題は何?」です。

それなのに、アイディアの段階から「市場性は?」「3年でどれくらい儲かる?」「わが社が取り組む意義は?」と聞く。顧客の存在を無視し、実現性から話してしまうからこそ、結局何も生まれないのです。

入山:そもそも企業として「この事業を何としてでも成功させたい」という強いWILL(意志)を持っているか、という問題も重要ですよね。

WILLもないのに、なんとなく「時流に乗らなければ」と無理に新規事業を進めているケースもあり、その場合はもちろんうまくいかない。

麻生:企業だけでなく、そこで働く個人も同様ですよね。新規事業が必要だという危機感はあっても、「成し遂げたいことが見つからない」という、WILLがないことへの悩みはよく耳にします。

ですがおそらくそんな彼らも、最初からWILLがなかったわけではないんです。たとえば、学生時代に世界中を放浪してストリートチルドレンに出会い、世界を良くせねばという使命感から大手商社に入る。

でも入社してからは、同じ時間に電車に乗ってオフィス街の高層ビルに通い、同じ人たちと同じ会議室で話して、まっすぐ家に帰る日々。そんなことを10年繰り返したら、持っていた問題意識なんて、どこかに行ってしまうんです。

取材はQWSで実施。昨年11月にオープンした渋谷スクランブルスクエアの15階に位置する。

常識は究極の「幻想」だ

── ではWILLを失ってしまったビジネスパーソンが、新規事業の牽引者として覚醒するには、どうしたら良いのでしょうか?

麻生:僕は「WILLは後天的に作れる」と思っています。その方法は、困っている人がいる場所に行って、困っている人と話をすること。これに尽きます。

新規事業は顧客課題からしか生まれない、という話にも通じるのですが、「やりたいことがない」と言っている人ほど、単に「現場を知らないだけ」なんです。

現場で課題を目の当たりにしたことで、いわゆる“普通の”ビジネスパーソンが社内起業家として覚醒する瞬間に、僕自身も何度も立ち会ってきました。

具体的に有効なのは、普段自分が接しない人に会うこと。身近な人の困りごとなら、だいたい想像がつきます。それなのに解決できていないということは、自分や周囲では解決できないか、ビジネスにはなりにくい可能性が高いですから。

多様なバックグラウンドの人たちが集まるこのQWSは、自分と全く接点がない人の話を聞ける場として、非常に良いと思いますね。

野村:ありがとうございます。おっしゃる通りでQWSは、学生から起業家、アーティストまでさまざまな属性の会員がいる共創施設で、社内にこもっていては会えない人と交流できる場です。現在は14歳から91歳までの年齢や国籍、バックボーンが異なる多様な会員が活動しています。

いわゆるコワーキングスペースとの違いは、異業種の人が集まって一緒にプロジェクトを進める「コミュニティ」であること。さらに大学と連携したワークショップや、テーマを決めて議論するセッションなどの多彩な「プログラム」も提供。

単なる作業場ではなく、新規事業のタネとなる問いや自分のWILLを見つけたり、課題を持ち寄って議論したりする空間を目指しています。

今注目しているのが、法人や地方自治体の方がQWSを「出島」として使い、新規事業創出に役立てる活用法。

実際に自治体の方が、人口が減りゆく島で交通インフラをどう維持するか、という課題をQWSに持ち込んでくれて、渋谷のモビリティ系スタートアップや大手のテクノロジー企業と一緒に実証実験ができないか、という話も出てきているんですよ。

QWS内のプロジェクトを行う場。プロジェクトごとに問いを立て、メンバーと共に解決策を探る。

入山:そういう使い方は面白いですね。麻生さんがおっしゃっていた「300回顧客の所に行く」方式も、QWSで日々“潜在顧客”の意見を聞くことができれば、生産性高く達成できそうです。

さらに興味深いのが、QWSが多様性を重視している点。

僕はネスレ日本代表取締役社長兼CEOの高岡浩三さん(2020年3月末に退任)を非常にリスペクトしているのですが、彼はまさに、顧客自身も気づいていなかった潜在的な課題を見つけ出し、ドルチェグストやネスカフェアンバサダー制度*といった新規事業に落とし込んできた人だと思うんです。

 

*ネスレ日本が家庭用コーヒーマシンをオフィスに普及するため実施しているキャンペーン。オフィスを代表してネスカフェ製品を購入し、同僚に商品を紹介してくれる人を募集し、一定の条件を満たすと同社のコーヒーマシンをオフィスに無料で置くことができる仕組み。

 

ある時、「顧客課題に気づけるのは、特別なスキルなんでしょう?」と聞いてみたことがあるんです。彼の答えは、「特別でもなんでもない。ネスレの多様性の中に身を置くようになったことで、自分も顧客課題に気づけるようになった」というものでした。

たとえばネスレのグローバル社員から、「なぜ日本の会社は全員4月採用なんだ?」と聞かれる。でも答えられない。なぜならそれは、日本では「常識」だから。

常識だと思えば、脳が考えなくて済むから楽になる。だから「常識」ってとても危険なワードなんです。でも究極の幻想である常識のせいで、僕たちは多くの課題に気づけないでいる。

その常識をベリベリと剥がしてくれるのが、多様性です。高岡さんも、自分とは全く異なる立場から世界を見ている人と話すことで、自分の「当たり前」を自問し、それが数々のイノベーションにつながったのではないでしょうか。

 

── 仮に多様な属性の方が所属していても、自然に交流が始まるのは難しいのでは。異業種の方が交われるよう、QWSではどんな工夫をしているのですか。

 

野村:QWSには、コミュニケーターと呼ばれる専任スタッフが常駐しており、会員同士をつなげたり、相談相手になったりしています。ARの技術は得意だけれど、AR化するコンテンツがないと相談を受ければ、QWS内のクリエイターを紹介する、といった具合です。

また、会員専用のアプリもあります。Bluetoothを使って情報を発信できるビーコンが天井に埋め込まれており、アプリから施設内のどの場所で、どんな人が、どういった活動を行っているのか表示。気になった人にチャットメッセージを送れる仕組みです。

事業のタネとなるアイディア探しのため、テーマを決めて渋谷の街に繰り出して、街の人にインタビューするフィールドワークも企画しています。

渋谷は、スタートアップが密集する最先端の地である一方、ファッションや音楽のトレンドを牽引するカルチャーの中枢でもある。多様な境遇の人がひしめくこの街は、課題を見つけ、それを解決する手段としてのWILLを作る現場としては、最適だと思うのです。

QWSからは、スクランブル交差点を含めて渋谷の街を一望できる。

快適な場所から、イノベーションは起こせるか

入山:僕から麻生さんに聞いてみたいんですが、QWSの施設は綺麗でアクセスも良くて、すごく快適じゃないですか。

ですが困っている人の課題を見つけるのは、本来すごく泥臭い仕事だと思うんです。QWSのような快適な場所は、本気で新しいことを生み出そうと思ったら、良い環境と言えるのでしょうか。

麻生:僕は、新規事業を生み出すためには、「ゲンバ」と「ホンバ」の両方が必要だと考えています。ゲンバとは、課題の根深い場所のこと。このゲンバに行って困っている人の課題を知ることが、先述したWILLの形成方法です。

一方で、ずっとゲンバで問題に向き合い続けても、行き詰まってしまう。感情移入して終わりで、それを突破して解決策を導き出すところまで、たどり着けないんです。

そこで必要になるのが、ホンバ。ホンバとは、新規事業開発の最前線のこと。シリコンバレーも、新しいビジネスに挑戦する人が集まる「村」と表現されますが、まさにそのイメージ。

ゲンバを訪ねて大きな課題を前にした時、すでに異なる領域で課題に立ち向かっている人がいるホンバの存在は心強いし、クリエイティビティを掻き立ててくれるものです。

僕は、QWSはもちろん課題を探すことにも使えるけれど、ホンバとしても有効だと思います。四六時中QWSにいるのではなく、街中や地方のゲンバで課題を見つけ、QWSに持ち帰ってきてディスカッションしたり、アドバイスをもらったりする。

視座の高い人や、知らなかったテクノロジーに出会うことで、課題を突破する糸口が見えてくるかもしれません。

 

── 入山さんは、QWSをどう活用するのが効果的だと思いますか?

 

入山:プロジェクトごとに利用するのが良いと思います。コワーキングスペースでは、契約している会社単位で、ブースごとに固まっていることが多いじゃないですか。でもせっかくQWSに来ても、内輪で群れていては本当に勿体無い。

プロジェクトごとに向き合っている「問い」を書いた札が各テーブルにありますが、この問いごとに集団ができている使い方は良いですね。「この問いとあの問いを一緒にするといいんじゃない?」なんていう発想も、さらに出てくるかもしれないし。

各プロジェクトの問いを可視化するために、テーブルに置かれた「問い立て」。この札をきっかけに会話が始まることも多いという。

麻生:単なるリモートワーク的な作業スペースとして使ってしまうのが、一番意味がないですよね。QWSは仮説を人にぶつけ、自分と異なる立場の人と話す場所として、割り切って活用すべきだと思います。帰宅前に立ち寄って、いろんな人と話をするのが習慣になれば、ものすごく意味があると思う。

入山:ベンチャーキャピタルのWiLの共同創業者で、僕の高校の同級生でもある伊佐山元さんも、近いことをおっしゃっています。

新しいものを生み出すためにまず何をしたら良いかと問われた時、彼は「降りる駅をいつもと1つ変える」と答えたんです。違う駅で降りてひと駅歩いてみるだけで、「こんな道があったのか」とか「いい店があるな」と気づくことはたくさんある。

そういう積み重ねで変化は怖いものではないことが徐々にわかるし、「変わるって面白い」と思えれば、もっと大きな変革を起こせるようになる。

QWSでの活動も、変化への第一歩になるはず。多くのビジネスパーソンが、QWSを通して新規事業創出のタネを見つけられると良いと思います。

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