東急、東日本旅客鉄道、東京地下鉄による合同出資により設立された渋谷スクランブルスクエア株式会社が運営するSHIBUYA QWS(渋谷キューズ)。2019年11月に開業、「渋谷から世界へ問いかける可能性の交差点」をコンセプトにさまざまな企画を行い、2022年で開業3周年を迎えます。
「Question with sensibility(問いの感性)」の頭文字を取って名付けられたQWS。3周年目を記念し、「SHIBUYA」「LOCAL」「GLOBAL」の3つのつながりをテーマに、2022年10月31日から11月2日までの3日間、QWS FES 2022を開催することになりました。
3周年を迎えてQWSはこれまでどう成長し、そしてこれからどう変わっていくのか。今回のFESのテーマはなぜこの3つになったのか。渋谷スクランブルスクエア株式会社営業一部部長/SHIBUYA QWSエグゼクティブディレクターの野村幸雄(のむら・さちお)氏にお話を伺います。
ファイナンス業務を経てQWS代表へ
── いよいよ3周年のフェスですね。まずはこれまでを振り返りたいと思いますが、野村さんは元々財務部のご所属でしたね。
SHIBUYA QWS エグゼクティブディレクターの野村です。はい、街づくりがしたいと考え、2001年に東急へ入社。元々は商業リーシングをやってみたいと考えており、社内インターンシップ制度を利用して2部署の研修に行かせていただきました。一つは希望していた商業リーシングでしたが、もう一つは財務関係の部署でした。思わぬところで経験した財務業務でしたが、この研修で実際に財務を理解していないとテナントとはきちんとした会話ができないなと実感。自らの研鑽のためにまずは財務部へ行くことにし、ファイナンス業務を担当することとなりました。
2010年に東急百貨店へ出向し、経営統括室にてファイナンス業務を引き続き担当した後、私にとっては急展開ではありましたが、2014年に開発事業本部渋谷開発事業部にて渋谷スクランブルスクエアのプロジェクトマネジャーを任されることとなりました。
── 辞令が出た時はどういうお気持ちでしたか。
かねてより希望していた街づくりの仕事でありもちろん嬉しい気持ちはありつつ、それまではファイナンス畑だったわけですから、もはや転職の感覚でした。しかも、東急として注目のプロジェクトでもあり、プレッシャーもそれなりにありました。昇格試験の際に人事面談で今後のキャリアについて話しまして、財務に慣れてきたのでそろそろ何か自分のできることをもう一つ増やしたいということはお伝えしたので、背景には色々とあったかとは思われますが、何かご配慮いただいたのかもしれません。
当時はまだ渋谷スクランブルスクエアも建設が始まっていない時期。2015年にこのプロジェクトを推進するための渋谷スクランブルスクエア株式会社が設立され、2018年までは、プロジェクト収支、工程管理、施設計画とかなり多様な業務を担いました。並行して、より良い施設として設計していくために、イノベーションやスタートアップ支援を手がける施設や有識者にアポイントメントを取って、3年間で300人近くお話させていただいたかと思います。
──現在は大きく成長したQWSですが、会員を集めたり、大学連携をしたりと、調整やPRなどとても大変だったのではと思います。
はい、おかげさまで、現在の法人会員は34社、9つの地方自治体、個人・プロジェクト会員は約400人程度、メンターや投資家などの支援を行うコモンズ会員は約140名。また、15歳から75歳までバックボーンも活動も様々な、多様な人材が交流しています。認知を広げるためにかなりの回数のイベントを実施してきました。今回の3周年FESもそうですが、読者の方も、どこかでQWSのイベントを見かけていただいたことがあるのではと思います。
QWSはドロップインを受け付けていない分、メンバーの方により価値を感じていただけるよう、さまざまなパートナーシップを検討する中、都内の6大学(東京大学、慶應義塾大学、東京都市大学、東京工業大学、早稲田大学、東京藝術大学)とも提携させていただいております。2016年8月から月次で打ち合わせも行い、連携協定締結まで2年半かかりましたが、これから形にしていきたいと思います。対話させていただいてきた教授が昇進されたことを機に対談イベントをさせていただいたりもしています。
──産官学連携で参考にされた事例などはあったのでしょうか。
QWSが推進するトピックの一つである産官学連携は、当時は国内にまだやっているところが少なく、海外視察も多く行いました。特にドイツ、イギリス、イスラエルは参考にしており、中でもポツダムにあるハッソ・プラットナー・インスティテュート(HPI)は最も勉強になりました。1988年に、世界的ソフトウェア企業SAP AGの創設者の1人であるハッソ・プラットナー教授が設立した官民共同の研究施設で、世界各国から学生を集めデザイン・シンキングを教えています。ドイツは、ベルリンにBetahausやファクトリーベルリンもあり、エコシステムを醸成する場が多く生まれていますね。サンフランシスコのherocityやロンドンのRCAにも足を運び、一緒に教育プログラムを作らせてもらえないかと打診に行きました。デザインはUI/UXにも繋がる大事なファクターですが、日本ではまだ重視できている人は少なく、プロダクトやサービスの成長にも繋がるデザイン・シンキングはぜひQWSでも取り入れていきたいと考えたのです。
──そういった情報収集や文化の導入のかいもあって、QWSではさまざまなプロジェクトが進行していますね。
はい、QWSでは会社設立前でも設立後でもプロジェクトと呼んでいて、大学、スタートアップ、企業、学校、自治体と、さまざまなステークホルダーの混ぜ合わせを加速していきたいと考えています。QWSの会員は、デスクを利用する際に「黄色の問いかけ」というボードを必ず立てていただくようにしておりまして、各自が何を考えているかわかるようにし、問いかけが課題解決につながる仕組みを作っています。また、QWSにはコミュニケーターが7〜8人いるのですが、メンバーに話しかけられたら何かを必ず一言答えていただくようにしています。問いが連鎖して、アイデアが加わって、その関係者たちが課題に取り組んでいく。そういうムーブメントを作り出す場所であれたら。特に自治体の課題に取り組むことが多いですね。
──QWSは他の自治体とも多く連携していますが、どういったことを行っているのでしょうか。
長崎、新潟、富山、山梨、神戸など9つの地方自治体と連携しています。神戸にあるアンカー神戸など、施設間でも連携していますね。自治体の課題を、現地企業と東京のメンバーが一緒になって解決することを目指していますが、いきなり課題に取り組むフェーズまでいかないものもあるので、まずは課題発見・解決やイノベーター発掘に向けて、ワークショップを行うこともあったりしますよ。
コロナ禍を経て向き合う「SHIBUYA」「LOCAL」「GLOBAL」
──3周年を記念するQWS FES 20222では「つながり」をテーマに「SHIBUYA」「LOCAL」「GLOBAL」をキーワードとして対話を行うことを掲げていますが、このキーワードになった背景をお伺いできますでしょうか。
やはり背景に挙げられるのはコロナ禍です。オフラインでの交流が断絶された世界。元々オフラインを前提にして作ってきたQWSは、開業5ヶ月目で施設閉鎖となりました。一方、ウェビナーを繰り返すことで、渋谷とは離れた都市や海外と広く繋がることができたという思わぬ功績もありました。
ただ、オンライン交流ですと、一方向の配信や認知拡大には適しているのですが、セレンディピティが生まれにくいため、オープンイノベーションがなかなか進まない。やはり改めて「つながり」を重視しようと考え、今回はハイブリッド開催とし、参加者もQWS関係者のみならず幅広く募集をしています。
──なるほど、そうだったのですね。それぞれのキーワードについてより深ぼってお伺いしていきたいと思いますが、まずは「SHIBUYA」。実証実験が多く行われている都市ですが、日本の中で今後どういうポジションになっていくと思われますか。また、参考にされているモデル都市はありますでしょうか。
個人的には、ロンドン、テルアビブ、ベルリンなどのクリエイティブシティを参考にしています。世界ではすでにクリエイティブ人材の奪い合いが行われており、例えばインド工科大の優秀な学生たちは、高い初任給によりシリコンバレーに吸い込まれていっています。それでは給与水準が低くイノベーションが生まれにくい日本に彼らがきてくれるかというと、現状ではその訴求力がなかなか発揮できていないのが現状かと思います。
彼らに目を向けてもらうには、技術研究力、開発力が強いことももちろんなのですが、例えばLGBTQに理解があるなど、そもそも多様な人材や挑戦に対し柔軟な文化であることも大切だと考えているのですね。対応していきたいダイバーシティ・トピックとしては、国籍、年齢、性別だけでなく、スタートアップ税制やビザ問題まで広く考えており、条例でうまく場を作りながら、渋谷を世界中から注目されるクリエイティブシティにしていきたいと思っています。
──素敵ですね!すでに電動スクーターの実証実験等も行われていますが、挑戦しやすい柔軟な都市として渋谷区に期待が集まりそうです。続いて「LOCAL」についてですが、他の都市とはどのように連携していきたいとお考えでしょうか。
自治体からは課題や問いが寄せられます。対応できそうなスタートアップや企業にその問いを投げていき、課題が解決されていくような場所にしていきたいと考えています。日本では地方創生予算は主要都市に分配されていることがほとんどで、さらにその郊外については各都市に任されていることが多い。日本の至るところで課題解決をしていくにはやるべきことがたくさんあります。
寄せられる課題は生活に関する全般のことになりますが、特に高齢者の衣食住問題が挙げられることが多いですね。食糧、医療などもそうですが、働く場所がないことなども課題になります。Web3やドローンなどのテクノロジーを用いて課題を解決していければと。その地域を特区として実証実験を重ね、成功事例が生まれ、それをQWSを介して共有することで他の地域にも波及していく、そんなサイクルが生まれてほしいと思っています。
北欧に参考になるモデルがありまして、Future center、Living Lab、Innovation centerの3つで構成されているもの。生活上の課題が掘り出されるのがLiving Lab、先端技術等を研究しているのがFuture center、大手法人が運営するのがInnovation Center。例えばこれを東急でのケースに置き換えますと、Living Labが二子玉川、課題が持ちこまれるFuture CenterがQWS、アイディエーションの相談がいく各入居者企業がInnovation center。ここで出たアイデアがLiving Labで実験され、そのナレッジがまだFuture Centerでシェアされる、というエコシステムなんですね。
──とてもよくイメージできました!海外の事例についても多く言及されてこられましたが、最後のキーワードの「GLOBAL」については、どうお考えでしょうか。
コロナ禍から2年超が経ち、2022年の後半からやっと渡航が再開し始め、これまで貯めたノウハウをやっと実地で試していけるぞという段階になってきました。3周年Fesでもグローバルを意識しており、登壇者もインターナショナルにしています。今後はSXSW、CESといった海外の大規模カンファレンスの誘致や、日本発の著名イベント作りもして、英語で発信をしていかないと、とは思っています。3周年Fes以外ですと、2022年11月8日から13日までの6日間、一般社団法人渋谷未来デザイン主催のSocial Innovation Weekも行われます。どんどんイベントを開催して発信を増やしていきたいですね。
テクノロジーを活用して変わっていくQWS
──最後に、これからのQWSがどうなっていくか、どういう場所にしていくか。そしてこれまでは取り入れてきていない新しい試みについて考えていることがあればお伺いできますでしょうか。
これまで言及した全てのトピックに引き続き注力していく予定ですが、特にグローバルからのステークホルダーやイベントの招致は頑張っていきたいですね。また、Web3が話題になっていますが、その中でも、デジタルツインはQWSと相性がいいと考えています。都市や場所をオンライン上に再現し、その仮想空間内で様々な取り組みを行っていく。交流やイベントのオンライン化、例えばデジタルQWSを作って全国の会員の方にお使いいただくということもできると思いますが、それだけではなく、課題解決にもつながるのではないかと思っています。
例えば地方都市では、学生に専門的な授業を教えられる先生や施設が不足しているという課題があります。それをデジタルツインで構築したメタバース上で授業を行うと、教師とのマッチング、場所や設備の再現ができ、居住地に関わらず様々なことが学べるようになる。デジタルには多くの可能性が秘められており、国境を超えて交流したり、見た目を変えたり、身体的ハンディキャップがあっても参加が可能になったり。QWSに集まる「問い」に対し、進化するテクノロジーでもっともっと回答の幅を広げていける場所になっていければと思います。
──今回はFesの最終日に「SHIBUYA QWS STARTUP AWARD 2022」も行われますが、そういった先駆的なアイデアも飛び出すと良いですね。
はい、1次審査員、最終審査員ともに錚々たる方々に対応いただき、多くの応募の中から選ばれたファイナリスト6社に11月2日の最終審査会で登壇いただきます。設立準備中または設立5年以内でデモ可能なプロダクトを持つスタートアップ企業が競うピッチコンテストで、2021年QWSでもイベントを実施いただいたTechCrunch Tokyo 2021の運営メンバーに企画協力をいただいています。渋谷からグローバルに羽ばたいていく新しいアイデアたち、ぜひご観覧いただければ幸いです。
野村 幸雄(Nomura Sachio)
野村 幸雄(Nomura Sachio)
2001年に東京急行電鉄株式会社に入社し、財務部にてファイナンス業務を担当。2010年に株式会社東急百貨店へ出向し、経営統括室にて同じくファイナンス業務を担当。2014年に復職し、都市開発事業本部渋谷開発、事業部にて渋谷スクランブルスクエアのプロジェクトマネジャーとして企画・開発を担当。2018年に渋谷スクランブルスクエア株式会社へ出向し、引き続き現プロジェクトを担当。現在は「SHIBUYA QWS」で渋谷ならではのコミュニティから新たな社会価値の創出をめざしている。