どこまでがエロで、どこからが芸術なのか?

プロジェクト名 もごもご
#エロ#芸術#映画#映像制作
映画や芸術における裸体や官能表現は「芸術」とされる一方、なぜ「エロ」としても消費されるのか。私たちは映像制作の現場で直面する、この境界線の曖昧さを見つめ直すプロジェクトを展開します。コンプライアンスが重視される現代だからこそ、演出や文脈、社会の価値観を再考したい。映像・舞台・対話を通じ、「人は何を芸術として許容し、何をエロとして拒絶するのか」という感性や価値観の境界線を探求し続けます。

何にチャレンジするのか?

どこまでがエロでどこからか芸術なのか?

Instagram: https://www.instagram.com/mogomogo0331?igsh=ZHlmM3RlbjN3MW03

なぜチャレンジするのか?

映像制作や身体表現を学んでいる私たちが疑問に思うことと、規制が厳しい昨今の中でこれを考えるのはとても大事だと思い、チャレンジする。

どのようにチャレンジするのか?

まずは、人によって考え方や捉え方が違うため、そこに対する溝などを知っていきたい。映像作品やまた、展示物などでこれらを形にしたい。

 

プロジェクトメンバー

永田 歌

監督(リーダー)

永田 歌

監督(リーダー)

家の隣が図書館とイオンモール。漫画とか、映画とか、喫茶店とか、犯罪とか、物語を感じるものは全部すき。中学生の頃から映画を撮っています。めんどくさいし、大変だし、時間もかかる。何度も辞めようと思うのに、気がついたら新しい映画の脚本を書いています。

大塚 有楠

助監督(サブリーダー)

大塚 有楠

助監督(サブリーダー)

立教大学現代心理学部映像身体学科2年生。多感な頃、映画とロックンロールに崖っぷちのところで救われる。その時に胸に刺さった「映画、すげえ!」という震えが、いまも止まっていない。大学ではお笑いサークルと自主映画サークルに所属していて、気が付けば、どっぷりとハマってます。笑いとは?映画や演劇のすごさとは?とかを日々考えてます。

伊藤 祥真

プロデューサー(脚本家)

伊藤 祥真

プロデューサー(脚本家)

散文詩みたいな映画を撮っている。近頃は、親のカメラやばあちゃんの遺品を使って、家族とか風景とかを日々撮ってみたり。映像と言葉の関係性は難しいなということを考えています。ワインとか、オリーブオイル、あと塩を好みます。パセリのことはまだよくわかっていません。シソも同様。

糸山 穂花

美術衣装部(場を和ませる)

糸山 穂花

美術衣装部(場を和ませる)

写真を撮ったり、絵を書いたり、映像制作で美術衣装部をしています♩最近は、身の回りのお友達を撮ることを一番に楽しんでいます、私のことを構成してくれている要素なので。あまり関わらない人には悩み事がなさそうと言われるのですが、私の体の3分の1は実は悩み事でできています。

伊藤 優吾

録音部

伊藤 優吾

録音部

映画、音楽、小説が好きな大学生。亡くなった親戚のカメラを盗んで時々写真を撮っている。一人暮らしを始めて一人暮らしが向いていないことが判明。好きな食べ物はかための白米、おかずなしでも三杯はいける。

応援コメント

我思う、ゆえに芸術あり
どこまでが「芸樹作品」で、どこからが「エロ」なのか。その境界線は、とても曖昧に感じられるものです。でもそこには、明確な違いがあると考えています。それは、作品の表面的な表現ではなく、創作に向き合う姿勢や、その根幹にある思想です。
NumeroTOKYO創刊2号目(2007年5月号)では、一冊丸ごと「エロティシズム」をテーマに特集を組みました。なぜ芸術にはエロティシズムが必要なのか。なぜ、その表現は時代を超えて存在し続けるのか。国内外のさまざまな事例を通して、多角的に掘り下げた経験があります。だからこそ、もごもごさんの問いを、自分ごとのように感じています。
まずは何より「芸術とは何か」を考えてみてください。作家は何を表現したくて作品を生み出すのか、その創作意欲の根源に目を向けてみることです。表現は手段であり、本質は、その作品が何を問い、何を伝えようとしているのかにあるのです。また、芸術が担う社会的役割を知ることで、「エロ」の意味が変わってくるはずです。「我思う、ゆえに芸術あり」ーー造語ですが、この言葉に尽きると思います。
株式会社扶桑社 NuméroTOKYO統括編集長 株式会社アプリコ・インターナショナル rabbitonクリエイティブ・ディレクター田中 杏子

リーダーインタビュー

あなたの[問い]は、どのような未知の価値に繋がると考えますか?

この問いは、「不快か芸術か」という単純な二択ではなく、人間の感性や社会の価値観を見つめ直す新しい視点につながると考えている。

あなたの「問いの感性」は、どのような経験を通じて育まれましたか?

私たちは普段から学生映画や映像作品を制作している。その中で、恋愛や人間関係を描こうとすると、身体性や官能的な空気感が重要になる瞬間が何度もあった。映画を観ていても、ベッドシーンや裸体の表現が「芸術」として受け入れられる一方で、AVやポルノは「エロ」として区別される。その違いは演出なのか、文脈なのか、あるいは社会の価値観なのか。その曖昧さに強く興味を持った。また、コロナ禍以降はコンプライアンスや規制が強く意識されるようになり、表現そのものが慎重に扱われる場面も増えた。しかし私たちは、エロティシズムもまた人間を描くために必要な表現の一つだと思っている。映像を作る立場だからこそ、「なぜそれを不快に感じるのか」「なぜ芸術と呼ばれるのか」を考え続けたい。その経験が、この問いにつながっている。

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